１・・・重要人物・・・
　
　長くこの仕事をさせて頂いてると普通では体験しえないような事に遭遇する事があります。
　とある日患者さんの一人である議員さんから一本の電話。
　「急で申し訳ないが来日中の私の友人（どうやら某国のお偉い方らしいのですが）が明日
　の会議を前にして腰の痛みに襲われ困っているのだが来てもらえないだろうか」と。
　そして３０分もしない内に黒塗りの高級車が事務所の前に。そんな車に乗るなんて日頃
　空気の抜けたママチャリで街中を走ってる私にはどうみても不釣合いな状況。
　ともあれ落ち着かないドライブを４０分程して都内の某ホテルへ。高級ホテルの車寄せに
　高級車、さてどんな人が降りてくるのだろうかと周囲が注目するなか（志村けんが指圧師
　だったら）みたいなおじさんがおよそ威厳とは程遠い足取りでヒョコヒョコ降りてくるのです
　から自分でも可笑しくて思わず吹き出す始末。
　秘書とおぼしき人に案内されＥＶで最上階まで直行。人生二度と踏むことはないであろうと
　思われるふかふか絨毯に足をとられとられしてお客様の部屋の前に。そこには１９０ｃｍ
　１００キロはありそうなボディーガード（以下ＢＧと略）らしき御仁。

２・・・ボディーチェック・・・
　
　ここで白衣の上からの簡単な身体チェックと治療鞄の点検。とまあここまでは想像した通り
　だったのですが、先方は治療中ＢＧが立ち会いたいとのこと。うーんそれはちと・・・。
　ＢＧさんはそのＶＩＰ氏の安全を守るのが仕事だからそれは当然といえば当然なのですが
　私は私で治療する以上患者さんとの信頼の上でないと施術はできないと拙い英語で主張
　それがだめなら帰らせて頂きますと。結局ＶＩＰ氏にお伺いを立てた結果立会いなしに。
　その代わり秘書さんの判断でより厳しいチェックすることに。これが又徹底的といいますか
　正に身に着けてるもの全部！成程な思ったのは衣類の縫いしろの部分を念入りにチェック
　されたことでした。確かにここに薄い剃刀一枚隠しておけば普通の人でも相手を天国に
　簡単にご案内できるわけですから（済みませんちょっと怖い話になってしまい）

３・・・辛いのはどっち・・・
　
　それにしてもここまで徹底するものかと。確かにこれまでも指圧前に完全な消毒を求め
　られたりした事はありますがそれは当然のことで納得出来るのですが何か武器を持って
　ないかと疑われるのはちと辛いなと。とそんな事考えつつＢＧさんの私をチェックする真剣
　な眼差しを見た時ひょっとして私は大きな勘違いをしてるかなと。
　確かにこんなチェックを受けるのは辛いけど本当に辛いのはもしかしたらこのＢＧさんの
　方ではと。私の本職である指圧の場面では感謝されることが遥かに多いけどＢＧさんは
　こうして人にある意味嫌な思いをさせてしまうのが自分の仕事。
　好かれることが多い私と、嫌われることが多いＢＧさん、どちらが本当に辛いか。
　そう思った瞬間少しでも彼が調べ易いように身体の位置を変えたり自分から脱いだり・・。
　
４・・・メモ・・・

　そんなこんなで無事指圧も終了！なんとか明日の会議に出れそうという事でめでたし
　めでたし。帰り際秘書氏がＶＩＰさんからという小さなメモを。横文字で書いてあるので
　正確には自信はないのですが
　「指圧有難う。助かりました。ＢＧの厳しいボディチェックで不快な思いされたでしょうが
　これも規則ゆえとお許しください。また来日の際には宜しくお願いします」と。
　この細やかな私とそして何より部下であるＢＧさんの仕事への配慮、人の上に立つとは
　こういう事かと。
　部屋を後にする時一瞬ＢＧさんと目が合いどちらともなく会釈、言葉はないけどお互いの
　仕事をささやかなりとも認め合えたようでちょっと軽やかな気分に。
　さあ次回に備え格好良く高級車から降りる練習しなくては！